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  • 2018.04.07 Saturday
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落ち着いてことばを綴る

 人生が、カルマを果たすためだけに終わる。

 それならば、それはそれでいいのだと思える。

 

 何一つ果たすことなく、浮かれて終わるよりは意味のある人生だと思う。

 同じことをぐるぐると繰り返す、同じ人たちと延々関わって、その輪から逃れることなく、繰り返す。

 これに意味を見出したいために、深く自分と向き合うことなく、極楽と娯楽に興じる。

 

 人生は、まばたき程のものだと、あなたは言った。

 わたしは、あなたのことばを鵜呑みにする。

 信じられるのは、あなただけだから。

 不変で不動で…変わらない永遠とはあなたなのだと知ったから。

 

 わたしは、たぶん今までいちばんの、これ以上のこれ以下の底がないというところにいるのだと思う。

 だけど、あなたのことばのおかげで、現実を非現実のようにしか見ることができず、変わらぬまま過ごしている。

 それが良いことなのか悪いことなのかも分からない。

 良いも悪いもなく、移ろいゆく景色を眺めている。幸も不幸もない。

 

 果てしない使命に、時に意欲的になったり、また疑ったり、そして逃れたいと思ったこともあった。

 

 今、こうして落ち着いて、何の波風が立つこともなく、完全に止まってしまった状態になり、これが明鏡止水ということなのかと、少々病的にも思うくらいの、すべてに興味を失った状態のなか、もしも、わたしの使命は今でも変わらないものであるのなら、それに近づいていかなくてはならないと思うようになった。

 

 明らかにしたくない思いが強かったが、少しだけ、ほんの少しだけ、わたしに起こったことを一部話すと、あまりの波乱万丈さに驚かれる。しかし、それは、一部なのだというと、さらに驚かれる。

 

 カルマの清算だけが人生なのだと納得していたが、それだけではないのかもしれない。

 カルマを果たすこともせず、過ごしている多くの人たちに、人生を無駄にしてはいけないと伝えたい。

 

 あなたはわたしにいつでもすべてを明してくれる。

 あなたがすべてであると、わたしはそれ以上の至高があるとは思えない。

 

 すべてがあなたであるとわたしはそう応えた。

 

 あなたはわたしに、言った。

 全は個であり、個は全である

 

 このことばは幾重にも真実が存在した。

 全というものが果てしないもので、未だに理解ができていない。

 

 全のすべてを知るために、わたしは人生を引き受けているのだと思う。

 

 

 

 

 


マ行の魔

 開けてしまおうと思った。

 そのために、記憶を探った。

『まついせんせい』そう呼んでいたことを思い出すと同時に、あの顔とあの声が同時に再生され、また再び汚泥に纏わりつかれた気分になって、身を震わせて、汚泥を振り落とす動きを、表には出さず、内なる衝動で発狂して繰り返した。

 

 まついせんせいという男を探さなくてはいけない。物置の奥にあったほこりまみれの電話帳を引っ張り出し、税理士のページを開き、市内のマの行を目で追った。

『松尾〇〇税理士事務所』を見つけた。こんなところでこの名前に遭遇するなんて…ぞっとしながらも、この衝撃は一回、二回と数え三回目なのだと再び驚いた。

 いや、しかし、この纏わりつくものから逃れるためにわたしは人生を歩んできたのだったと、人生の妙、その仕組みの完璧さに改めて、やはり何もかもが完璧なる宇宙の法則の上に乗っているのだと実感した。

 

 まついせんせいは見つからなかったが、家の中を駆け回って、まついせんせいの税理士事務所の封筒を見つけた。そこには名前はなく、会計センターに地域名が付いていた。なぜ、あの時、電話帳を探そうと思ったのだろう。あんなほこりまみれのものを手にとる必要はあったのだろうか。しかし、あの時はその衝動で全身が縛られていた。そうとしか言ええないくらいに、一直線に物置の奥に身を突っ込んだ。松尾○○の名前を見つけなければならなかったのだ。纏わりつく汚泥は、ひとりのものではなく、その一団、その一味、その企みそのものだということなのだ。

 

 だからこそ、点と点がすべて一本の糸で繋がったのだ。衝撃的な出来事が起こるたびに記憶の中にピン止めされたように点が記された。その点がすべて繋がったとき、わたしは神の存在を改めて認めるしかなかった。

 あなたの言ったとおりにしてよかった。そう思えた。

 

 しかし、わたしがなぜ税理士のまついせんせいを探さなければならなかったのかを考えると、これは世の中では不幸というものではないのかと思えてくる。

 実際のわたしは不幸を感じているのかといえば、そうではなかった。幸せという基準も世間の常識からは外れているのだろうから、表現の仕様が見つからない。世間では不幸のどん底という見方をされるのかもしれない。

 

 


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